「スマホ2時間まで条例」は本当に必要か?

愛知県豊明市が「スマホは1日2時間まで」とする条例を検討し、賛否の声が上がっています。
便利さと危険を併せ持つスマホの使い方を、行政が制限することに意味があるのでしょうか。
行政が市民の生活に踏み込みすぎるリスク
豊明市が「スマホ2時間まで条例」を検討している背景として、次のように説明しています。
『スマートフォンやタブレット、ゲーム機などの長時間の使用は、睡眠不足などの健康面だけでなく、家族の会話が減るなど家庭環境にも悪影響を与え、子どもの健全な成長を妨げるおそれがある』
『こうした悪影響は子どもだけでなく幅広い世代でも課題となっており、すべての市民と市内の学校に通う18歳未満の子どもを対象に、仕事や勉強、家事以外での使用は1日2時間以内を目安とするよう促す』
『さらに18歳未満については使用時間帯の目安も示し、小学生以下は午後9時まで、中学生以上は午後10時までとする』
(2025年8月25日配信 NHK NEWS WEB「愛知 豊明 “スマホなど使用1日2時間以内目安” 条例案を提出」より)
これは違反しても罰則はありませんが、市民からは「行政が出てくる必要があるのか」という違和感も聞かれます。
それならば、行政は本来取り組むべき課題があるだろうし、それを優先すべきだと思うのですが・・・
さらに、ある豊明市議の「市長は日本初が好きな人だ」という発言を聞くと、どうしても教育の名を借りた自己満足のようにも映ります。
↓参考
スマホ利用は家庭や個人の教育で管理すべき
スマホの普及により、私たちは便利さと楽しさを享受できるようになりましたが、一方で依存や視力低下といったリスクも抱えています。
私たち世代は「テレビの見過ぎで視力が悪くなる」と言われて育ちましたが、今はそれがスマホやパソコンに置き換わっただけです。
当時は医師や有識者が注意を呼びかけ、親が子どもに指導する程度で、行政が条例で介入することはなかったと記憶しています。
やはりスマホ利用は行政が一律に規制するのではなく、家庭や個人でルールを設けるべき領域です。
親子で話し合い、利用時間を工夫し、休息を挟む習慣をつけることが大切です。
時代に合ったバランスのとり方
いまやスマホは生活のインフラであり、切り離せない存在です。
だからこそ利便性と健康リスクの「バランス」をとることが重要です。
利用時間を一律に縛る条例ではなく、個人や家庭の選択を尊重するアプローチが求められます。
社会全体でスマホ教育を考えるきっかけにするなら有意義ですが、わざわざ条例で縛るのは市民にとって大きなお世話のような気がします。